通信誌「日々の暮らし舎」

日々の暮らし舎 平成二十九年師走

更新日:

日之影星雲橋(2017.12)

17年前、新卒採用された会社を半年で辞め、宮崎県日之影町と言う山村で1年間生活をしました。今の岡山県での暮らしを始める最初のきっかけはここでの暮らしとの出会いでした。切り立った山に棚田と畑を作り、橋を掛け、当時5000人の町民が115の集落に分かれて暮らしを重ねていました。同じ日本語なのにまったく聞き取れない方言、果てしなく続く飲み会、20代半ばの私には全てが新鮮な驚きでした。

11月、久しぶりにその日之影町を訪れ、その他、様々な農村を回り移住者たちと会ってきました。

移住者たちの多くは地域に必要とされる役割を探し、それを生業にしていこうとしていました。国の政策では起業と言う夢見がちなワードが踊っていますが、実態はそれぞれの現場で必死に闘っていましたし、様々な問題にぶつかっていました。何が伝えられるわけではないんですが、応援する意味で実際にあった、こんな話をしてきました。

ある方から農村で薪ストーブのあるカフェをやりたいと相談を受けました。

起業支援などで建て屋と薪ストーブ、カフェの基本的な物品は揃います。

「ところで薪ストーブの薪は?」

ほとんどの方は資金内で買おうと考えます。都市のカフェならそれでいい。農村地域ではダメです。

山をお持ちの地元の方にお願いをして一緒に山に入って、のこぎりの使い方がなって無いと笑われながら木を切って、山から持ち出す。苦労を一緒にする機会は農村では重要です。

移住者にはまずそういった地元の方との交流を伺います。移住者がその地域に必要とされているか。私にとって、宮崎県日之影町はそんなことを教えてくれた農村です。

 

「子育て 親育て」   その27:農村男子

高知県大川村(2017.11)

高知県大川村という日本で一番小さな村にも、こちらは家族で行ってきました。

前述の日之影町も、この大川村も平家の落人伝説が残っています。今でこそお米を主食としていますが、たった100年前は田んぼは整備されておらず、焼畑で雑穀、大豆を育て、山から木の実や山菜、養蜂や豆腐、こんにゃく、味噌を作ってきました。(ちなみに日之影の田んぼは100年前に人力で整備された棚田だとよく聞かされました。)

食べているものは今の方がきっと豊かでしょう。ですが自前で作れる達成感や充実感、何となく感じる納得感は測れません。

「ぼく、大川村にも住みたいなぁ」

長男が帰りの車中ずっと言うんです。何か子ども向けの遊ぶ場所があったりしたわけじゃないんですが。あえてそこは理由を聞きませんでした。

「でも、このくねくね道が嫌。車酔いする。」川に沿って道が開かれ3時間後には岡山へ。

今も今で山で生きる苦労を、子どもたちも少し感じられたようです。

 

米が値上がりしているそうです・・・

今年は飼料米などへの補助金が手厚いため業務用米と言う、スーパーやコンビニのおにぎりや牛丼チェーン店が扱うお米がかなり値上がっているとのことです。今さら商品の値上げもしにくいから、おにぎりのサイズを小さくすると言った対処を今後検討するということです。

なんだか薄気味悪いのは、その業務用米ってどこの誰が作った米なんだろうと。一応調べてみますと・・・やっぱりよく分かりません。食味として粘りがある米とか、丼に合うさらさらな米とか、そういう用途向けの米=業務米。これだからうちは米屋にはなれないんです。

とりあえず、うちは値上げはしません。

消費税も上がるでしょうけど、なるべく、いけるところまでこの価格でいきます。

こうなると、うちも今後は小売をなるべく制限して、見える範囲でのやりとりにしていきたい。もし周りでお米のご購入をお考えの方がいらっしゃいましたら、ご紹介いただける範囲であればお伺いいたしますので、お気軽にご相談ください。

-通信誌「日々の暮らし舎」

Copyright© 山の暮らし舎 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.